4/01/2015

フェアバンクス教育委員会の訪問覚え書き

先日、日本から来た教育研究者の視察団の通訳をさせてもらう機会があった。 フェアバンクス市内の学校を訪問したり、教育委員会を訪れて貸し出し可能な教材を見学したり、サイエンスフェア(日本の自由研究発表がやや本格的になったもの)の観覧をしたりした。通訳すること自体、とても楽しいのだがーーうまくできているかどうかは別としてーー普段話す機会のない分野の人たちと議論ができるのが興味深い。

 以下に、視察報告書用の感想文(?)を転載してみる。敬省略

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本稿は、2015326日、27日におこなわれたアラスカ州フェアバンクス・ノーススター郡教育委員会(以下、フェアバンクス教育委員会と表記する)の訪問の際に見聞したことを文化人類学の立場から記述し、簡単な検討を加えることを目的としている。私は内陸アラスカのアサバスカン・インディアン社会を主な研究対象としており、2012年夏から継続的にクスコクイン川上流域のニコライ村において調査をおこなっている。そのため、本稿においては、ニコライ村が属するアィディタロッド教育委員会における取り組みとの比較も試みることとする。
アラスカ先住民のアート・キットの見学

犬ぞりキット
 アラスカにおいて、犬ぞりはとても人気のあるスポーツである。航空機やスノーモービルによる輸送が一般化するまで、犬ぞりは郵便配達や罠猟の際に利用された(Schneider 2012)。そのような歴史を反映して、アラスカでは犬ぞりレースが盛んであり、とくに2〜3月はほぼ毎週、州内で重要なレースが開催されている。
 フェアバンクス教育委員会の視察の際に、アィディタロッド長距離犬ぞりレース大会をテーマとしたキットを見つけた(KTL 798.8 IDI 1995Medianet # 118773/02)。この箱のなかには、犬のぬいぐるみの他、ポスター、多数の読本が入っていた。しかし、犬ぞりに必要な用具(ゼッケン、犬用の靴、タグライン、そりの模型)は入っておらず、このキットは伝統文化学習における座学での利用、もしくは国語の時間における利用が前提となっていることが予想される。フェアバンクス教育委員会において犬ぞり自体、もしくは犬ぞりに関わることを教えているか、その詳細、目的、効用などについてはこれから調査される必要がある。

アィディタロッド大会キットの見学

アィディタロッド大会キットのなかにあった読本
 他方で、私が調査をおこなっているニコライ村では、犬ぞりに関係する授業と言えば、そり用の犬を所有する家庭に放課後、子どもたちを派遣して、仕事を手伝わせるという形をとる。活動内容としては、犬用の餌の調理・配膳、薪の支度、糞の掃除、ゼッケンの着脱、練習走行などである。この活動は、犬ぞりの操縦技術、およびそれに関連する野外活動の技術を習得することを目的とするのみならず、子どもたちに勤労の大切さを教えることを目指している。この取り組みは2014年秋から始まったもので、新任の教師と犬の所有者である学校のメンテナンス係の信頼関係のもとに成り立っている。とくに、犬ぞりは飼育動物が介在する野外活動であり、参加する児童生徒、補助者および犬たちにとって、危険をともなうスポーツであることを考慮しなければならない。
 フェアバンクス教育委員会におけるキットの見学とアィディタロッド教育委員会における犬ぞり体験プログラムの観察を踏まえると、アラスカにおける地域文化の教材化としての犬ぞり学習がもつ可能性と難しさが浮き彫りとなってくる。キットのなかに犬のぬいぐるみや読本が入っていたように、犬ぞりは動物に強い興味を示す児童・生徒にとって、学習意欲を引き出す仕掛けとして利用しうる。しかし、実際に犬ぞり体験を教材として成立させるためには、犬の所有者をはじめとする地域との強い連携が必要となる。
 アラスカと同じく寒冷で広大な北海道において、犬ぞり体験学習は実践可能である。北海道においては、犬ぞりは地域に根ざした伝統的な慣習ではないため、学校教育のなかに取り入れる場合、動物介在教育、野外教育の一環として体育の教員が犬ぞり愛好家[1]を招聘することが必要となるだろう。現在、日本においても、日本動物病院協会(JAHA)が動物介在教育(animal assisted education)として、都市部の小学校を対象とした犬の学校訪問をおこなってきた(オンライン資料1)。犬ぞり体験はそうした取り組みを一歩進めた形で、 へき地の特性を生かした野外教育の手法として想定することができる。現在、日本では命の教育の大切さが説かれているが、犬にみずからの命を預け、森や荒原をともに旅する犬ぞりはそのような学習の教材として望ましいものであると考えられる。

竪穴住居
 フェアバンクス教育委員会のサイエンスフェアにおいて、アラスカ先住民社会で作られていた竪穴住居を題材とした展示があった。アラスカ南部のエスキモー社会、および一部のアサバスカン社会において、ロシア人やアメリカ人がログ・キャビンを持ち込むまで、土、草、苔を利用した竪穴住居が一般的であった。

サイエンスフェアの様子
 この展示を作成したのは、ジョン・ピンガヤック3世である。彼は祖父のジョン・ピンガヤック2世[2]に聞き取りをおこない、祖父の出身地においてカジキと呼ばれる竪穴住居[3]の模型を作成した。彼はこの学習をおこなう目的を「竪穴住居がどのような気候においても耐えることができるのかどうかを検証すること」であるとしている。また、導入部において、彼は竪穴住居の作り方を学ぶ意義を「石油燃料がなくなったとき、『私たちの昔ながらのやり方に戻るときが来るであろう』と私たちの古老が常に言っていた」と説明している。この生徒にとって、竪穴住居を作るやり方を学ぶことは単なる自文化学習を超えて、アラスカにおける将来の持続可能性を探る試みでもあったことは考慮に値する。
 いずれ、伝統的な生活様式に戻るときが来るかもしれないという言説は、アラスカ先住民社会全体に浸透している。例えば、ニコライ村においても、捕魚車[4]を作る活動の指導者となった古老は、なぜ、このような活動をおこなうのかと質問した際にはこうした言説を引き合いにだした。ニコライ村の捕魚車を作る活動は村の代表者からなる評議会によって主催されていたが、ジョン3世の展示はサイエンスフェアのためのものであった。この事例からわかることは、サイエンスフェアが厳密な意味での理科以外の展示も受け入れることによって、アラスカ先住民社会におけるニーズに沿う形での自主的な学習を促していることだ。
竪穴住居カジキの模型

カジキの断面図






 しかし、ジョン3世の自主学習の目的が竪穴住居の適応性を調べることにあったのにも関わらず、とくに検証可能なデータが示されていないことに私は疑問を感じた。 冒頭に示されていた目的を果たす上では、竪穴住居内の気温を測定したり、より本格的に作った模型に水をかけて漏水するかどうかを調べたりするなどの実験がおこなわれていれば、より興味深いものとなったであろう。この展示がどのような指導を受けて作られたのかは不明であるが、理科の素養をもつ教員の指導があれば、より一層、審査員の興味を引いたであろうことが想像される。
 サイエンスフェアの観覧を通して、私は日本の学校における自由研究や総合的学習との関連を考えた。北海道においても、アイヌ文化に関する自由研究は盛んにおこなわれていると考えられるが、社会科に近い地域文化学習と理科を組み合わせた自由研究の指導を更に検討する価値はないだろうか[5]。例えば、サケ学習にあわせて、サケのルイペ(冷凍魚を切って食するアイヌ料理)と野生のサケの切り身(未調理)のなかにいる寄生虫の数を比較する実験をおこなって、アイヌの人々のやり方がアニサキスなどの寄生虫対策となっていた可能性を検討する実験をおこなってもいいかもしれない。今や、国内・海外を問わず、学術界では学際的な研究の重要性が主張されない日はなく、私が所属するアラスカ大でも、文化人類学者と自然科学者の共同プロジェクト[6]や、先住民社会で流通する知識を生態学的研究に役立てる試みが数多くおこなわれてきた。地域文化学習を踏まえて問いを設定して、その問いに対して理科的な観点から検討する。そのような自由研究の指導をすることが当たり前になれば、日本の学術界においても学際的な研究がより盛んになるのではないかと考える。

参考文献
久保田亮  2005  「儀礼とダンスの断絶宣教師の活動をめぐるアラスカ先住民ユピックの歴史認識」『東北人類学論壇』4, 1-20.
近藤祉秋  近刊予定  「内陸アラスカにおける文化継承の試み:ニコライ村を事例として」『早稲田大学文学学術院文化人類学年報』9, ページ数未定.
Schneider, William  2012  On time Delivery: The Dog Team Mail Carriers. Fairbanks: University of Alaska Press.

オンライン資料
1.     日本動物病院協会ホームページ、「アニマルセラピー/CAPP活動」
最終確認日:2015329
2.     チバック村学校ホームページ、”Cup’ik Sod House”
最終確認日:2015329

3.    You Tube動画共有サイト、”Keeping Tradition” (Charlotte Bodak)
最終確認日:2015329


[1] 例えば、日本人犬ぞりレーサーとしては、カナダ・ホワイトホース在住の本多有香などが挙げられる。本多氏は、国際的な長距離犬ぞりレースであるユーコン・クエストとアィディタロッドに参加して、どちらも完走している。
[2] ジョン・ピンガヤック2世は、チュピック・エスキモーが住むチバック村の有名な伝統文化継承者である。彼は竪穴住居の再現プロジェクトに関わったことがあり、みずからのホームページでチュピック社会における竪穴住居について紹介している(オンライン資料2)。祖父がジョン2世であり、孫がジョン3世であるというのは、一見、不可解である。これはおそらく、生物学的に彼らは孫と祖父の関係であるが、社会的には、ジョン3世はジョン2世の養子となっているものと思われる。アラスカ先住民社会では、祖父母が孫の養育責任者となることは頻繁に見られる。
[3] 竪穴住居カジキについては、久保田2005: 3-4を参照。
[4] 捕魚車とは、川の流れを動力源として、魚を捕獲する水車状の捕獲機である。捕魚車を作るニコライ村の活動については、拙稿(近藤 近刊予定)および、国立公園局の夏期研修生によって作成された動画(オンライン資料3)を参照してほしい。
[5] 実は、ニコライ村において、そのようなサイエンスフェアの展示が過去にあった。ある二人の男子生徒は、トウヒとシラカバの木のうち、どちらが薪として価値が高いかという問いを設定した。というのも、村の古老がシラカバのほうがよりよく燃えると言っていたからである。彼らはシラカバとトウヒの薪をそれぞれ同じ量だけ集めたあと、それを燃やして得られた熱量を比較した。彼らの実験によれば、シラカバのほうがより多くの熱量単位を得られたのだという。
[6] 例えば、気候変動がタナナ川の氷にどのような影響を与えているかを探る研究では、文化人類学者が地元民に聞きとりをおこない、氷が薄くなっていて危険な箇所、安全に通行するための工夫などの情報を集める一方で、水文学者が川や氷に関してのデータを計測した。